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fodder1.jpg












今年のカルチュラル・タイフーンでも報告した北アイルランドの作家 Tara West の小説 Fodder 。そのタイトルの意味に対する注記。以下に主だった英語辞書から列挙してみる。

fodder  n. (Oxford English Dictionary)

  1. Food in general.
  2. Food for cattle. Now in a more restricted sense: Dried food, as hay, straw, etc., for stall-feeding
  3. Child, offspring

fodder  n. (The American Heritage Dictionary) 

  1. Feed for livestock, especially coarsely chopped hay or straw.
  2. Raw material, as for artistic creation.
  3. A consumable, often inferior item or resource that is in demand and usually abundant supply: romantic novels intended as fodder for the pulp fiction market.

 fother [rhymes with "bother"] n. fodder (Concise Ulster Dictionary)

さてウエストの小説のタイトルにふさわしい意味はどれかというと正直難しい。どの定義にも当てはまりそうだからである。したがって翻訳不能(「フォダー」とするしかない)なのだ。私はこの小説を「パンク小説」と呼ぶことにしているが、それというのも北アイルランドで The Undertones と並ぶ伝説のパンクバンド、スティッフ・リットル・フィンガーズ(Stiff Little Fingers) がきっかけで書かれた小説であることは間違いないからである。したがって上記の定義でいくとアメリカン・ヘリテージの3)「消費可能な、しばしば劣った品物または資源」というのがまず該当する。パンクロックはその反体制的な姿勢(これは神話だ!)にもかかわらず大衆消費財(安全ピンその他)を利用することでそのスタイルを確立したからであり、音楽自体が消費文化であることを免れないからである。つまりウエストはパンク小説というか「パルプフィクション」を狙っているのである。

しかし一方でやはりアメリカン・ヘリテージの2)「原材料、例えば芸術的な創造に対する」も無視できない。この小説を「パルプフィクション」であると同時に「文学」と看做せるかどうかは議論の余地が残るところだが、私の文学研究経験からすればやはりこの小説は文学なのである。実際北アイルランドの大学でも文学の授業で採りあげられていると聞いている。また作家ウエストに「文学」への自負があることも疑えない。何故なら "fodder" は北アイルランドを代表する詩人シェイマス・ヒーニー(Seamus Heaney) の出世作『冬を生き抜く』(Wintering Out) の冒頭に置かれた作品だからである。ウエストの小説にもそれと窺わせるヒーニーへの言及がある。


I had a couple of volumes of Seamus Heaney and Martin Mooney — mostly nicked from No Alibis bookshop on Botanic, where they wouldn't let me in any more.  (p.103)

マーティン・ムーニーはまだまだ若手の北アイルランド詩人であるが、どちらにしても小説の主人公「クッキー」はボタニックというベルファーストの地区にある本屋「言い訳なし」からヒーニーの詩集を盗んでいるのである。さてではそのヒーニー自身の作品「フォダー」を眺めてみよう。


Fodder
 
Or, as we said,
fother, I open
my arms for it
again. But first
 
to draw from the tight
vise of a stack
the weathered eaves
of the stack itself
 
falling at your feet,
last summer’s tumbled
swathes of grass
and meadowsweet
 
multiple as loaves
and fishes, a bundle
tossed over half-doors
or into mucky gaps.
 
These long nights
I would pull hay
for comfort, anything
to bed the stall.
 (from Wintering Out, 3)

飼葉

それとも 僕ら流に言えば
<まぐさ>
僕はまたそいつを取ろうと
両腕をひろげる だが まず

万力で締められたような
干草の山からよく乾いて
軒のように突き出たまぐさを
引っ張ろうとすると

足元にバラバラとこぼれて落ちた
この夏に刈って
束ねて転がしておいた
牧草やシモツケソウ

まるであのパンや魚のように
ふんだんにある
半扉越しというか 汚れた仕切りのなかに
投げ込まれたひと束

いつまでも続くこんな長い夜には
牛小屋を少しでも寝心地よくするために
干し草を布団代わりにして
引っかぶりたいものだ

(『シェイマス・ヒーニー全詩集』村田辰夫その他訳、国文社)


もちろん詩と小説ではジャンルが違うから影響云々ということは問題外である。だが少なくともウエストがヒーニーを意識というか揶揄していることは明白である。面白いのは片やノーベル文学賞受賞のヒーニーの作品「飼葉」に対してウエストがパルプフィクション『フォダー』で対抗していることだろう。そうなると「安ぴかもの」もしくは「ジャンクフード」くらいにタイトルを訳してもいいかもしれない。もちろんヒーニーの "fodder" の場合はOEDの1)と2)、アメリカン・ヘリテージの2)、アルスターの "fother" が該当している。「飼葉」は牛の飼料であるけれども、文学創造の「資料」でもあり、したがってヒーニーの詩人としてのマニフェストのような作品なのである。アルスターの自然物を飼料/資料にして文学作品を創造していくという宣言として。ウエストは対照的に北アイルランド大衆消費社会のジャンク(食品、文化、ロック)を飼料/資料にして小説を書く、ということを宣言しているのだ。
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